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源平合戦の歴史

時代は平安末期、平清盛率いる平家は天皇との関係を利用し政権を握ってしまった。

しかし、源頼朝率いる源氏の反乱によって都を奪われ衰退してしまう事となった。

平家は新しい源氏側の天皇を即位させないように三種の神器を持ち出し

奪われた都を取り戻す為ここ香川の屋島から兵を進め再び戦を挑むのであった。

源平合戦とはこの源氏と平家の戦いである!

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​兄弟の絆

源氏側の佐藤兄弟の兄「継信」はこの戦いで義経をかばい戦死してしまう。

死んだ兄の仇を討つために弟「忠信」は果敢に攻めこむが

菊王丸を倒し仇を取る事が出来た忠信ものちの戦いで義経を逃がす為戦死してしまった。

​与一の覚悟と扇の的伝説

夕刻になると一時休戦に。その時平家側から廊の御方を乗せた一隻の船が来て

廊の御方から「扇の的を射よ」と源氏は挑発されてしまった!

源氏側は外せば恥をかく、義経は悩んだ末けがを負っていない那須与一に決める。

断る事が出来ない状況に与一は切腹覚悟で神様に祈り勇気を持って挑む。

矢は見事に的に的中し扇は空を舞ったのだった。

​八栗に行こう!史跡を見よう!

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洲崎寺

義経の身代わりとなり戦死した佐藤継信を弔った寺

苔と石で『屋島の戦い』を表現した庭がある

義経弓流し跡

義経は海中に打ち入って戦った際に弓を海中に落とかき寄せ引き上げたと言われている場所

射落畠

佐藤継信が義経の身代わりとなって射落とされたと伝わる場所

駒立岩

両軍から歓声が湧き上がった際に与一が馬を止めたとされている

祈りの岩

那須与一のゆかりの岩

与一が弓を射る前に祈ったとされている

景清錣引伝説

源平合戦屋島の戦いの際、平家軍団一の豪傑とされる悪七兵衛景清と源氏の美尾屋十郎が一騎打ちしたと言われている。太刀を折られ逃げる源氏の美尾屋十郎のカブトを、悪七兵衛景清は、強い腕の力で引きちぎり、景清の剛勇さと十郎の首の強さをお互いに称賛した。『景清錣引伝説』は武者の名誉を何よりも大事にしていた時代の気風を感じさせる伝説である。

佐藤継信の墓

源義経の身代わりになって討死した佐藤継信の墓

太夫黒の墓

義経の愛馬太夫黒の墓

私達のあしどり

2019年2月頃から新型コロナウイルスが流行し、世の中がガラリと変わりました。

休校、リモート、閉店…

私達の残り少ない高校生活も休校で短くなり、

本来は4月にテーマ決め5月には各班に分かれて作業をする予定でしたが

6月からのスタートとなりました。

そこで、今だからこそ成す事の出来るテーマ

『香川県の魅力を再発見し、デザインの力で観光に繋がる人の流れをプロデュース』

を最終目標に掲げ、課題研究に取り組み始めました。

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各班に分かれプレゼンテーションをし、話し合いをする中で

歴史』が香川の活性化に繋がると考え地域の歴史について調べました。

話し合いの結果『源平合戦 屋島の戦い』がテーマに決まり

本格的に課題研究が動き出しました。

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​知ろう、歩こう、源平。

​『知ろう、歩こう、源平。』とは源平合戦の史跡の周りを歩きながら

源平合戦の事を知ってもらうプロジェクトを計画しました。

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